ゴッホの作品は、一回見ただけでもとても強く心に残るものが多い。作者の気持ちがダイレクトに画面から溢れ、見る者を内包する。心を鷲掴みにするように。独自の筆っち(筆回し)は他に類をみない。糸杉と言う作品は、画面の全てが有機的な筆あと(筆使い)でまとめられている。言い換えれば、どこにも直線がないのである。通常、画面構成をする時は、水平垂直を意識して骨格を作っていき、筆運びも安定性を高めるようなタッチで描いてゆくものである。ところが、それはこの絵の中では全く感じられないのである。だからと言って、構成をしてないかと言うとそうではない。しっかりと構成されている。色による構成で作品の核を作っている。一見すると緑の明るいブルーが印象的だが、この作品のキモは、黄色と黄土の使い方である。近景の立ちのぼる草原の黄土から、糸杉のところどころにリズミカルな筆使いで上方に向かって配されたアクセント的な黄土。そして最後は、下に向いた月で完結している。目線は下から上に行き、また月まで行って下に戻るといった具合に。タイトルの糸杉だが、まさに生命感そのもの。描きたいという気持ちが、これでもかと強引な力技で表現している。簡単なようでかなり難しい。平面的にとらえていながら、二本の樹の存在感ということ忘れてはいない。踊るような造形、画面の上部を突き出し、作品の大きさ以上の巨木の意味を深め、広がりと高さを感じさせる。そして作品全体に、ささやくかのような赤紫色の着彩具合が、動と静のバランスを支えている。見る者をはね返しながら、引込むそんな作品である。